ここらで本サイトのサブタイトルにもなっている「一般人εの思考標本データ」とはなんぞやということについて説明しておきたい。

まず初めに確率論や統計学の話から入る。おそらく確率において最も重要な分布は正規分布である。細かい話は置いておいて、とにかくさまざまな場面で正規分布が現れる。例えば、日本人男性の身長はざっくり正規分布に近い形になるようである。これはつまり、日本人男性の平均身長をmとおいたとき、ランダムに選ばれた日本人男性の身長Xが、平均0、分散σ^2の正規分布に従う確率変数εを用いて、 X = m + ε でモデル化できるということである。

日本人男性の平均身長は大体170cmくらいらしい。僕の身長は166cmである。つまり僕という実現値は、ε = -4という実現値に他ならない。ちなみにこのεは誤差項なんて呼ばれたりする。統計学的に興味があるのは平均や分散などのパラメータだ。例えば洋服のMサイズを作るとき、平均身長に合わせて170cmくらいを想定するだろう。このとき、僕という実現値はε=-4の誤差項でしかない。このように社会は統計的なパラメータを元に設計されている。しかし、誤差項でしかない僕だって実際に存在している。日本人ってこうだよね、男ってこうだよね、なんて言葉を聞くこともあるだろう。このとき、「え、自分は違うけど……?」なんて思うこともよくあるのではないだろうか。当たり前である。僕らは平均パラメータとして存在しているのではなく、誤差項の実現値として存在しているのだから。そう、僕らはみんな一般人εなのだ。

そんな一般人εである自分の普段考えていることを標本データとして集めたい、つまりサンプリングしてみたいと思った。今の時代だったら、ここで書き出した文章をAIに渡して、自分の思考を整理しようなんて考えるものなのかもしれない。しかし、僕はあまりそのようなことは考えていない。(いつかやってみても面白いかもしれないけど。)どちらかというと、思考の1つ1つをそのまま残すということに意味があると思っている。自分でも思ってもないような誤差項が大きすぎるデータもたくさん出てくるだろう。そういうものにこそ意味があるような気がしている。どんな意味があるのか。ちょっと時間が足りないのでまた今度にでも。