以前は工学系の研究室で研究をしていた。工学系の中でも理論系が中心だった。まぁ簡単に言ってしまえば数学の研究をしていたと言っていいだろう。

数学系の文章を書くときは基本的にTeXというシステムを使う。これは数式などを書くのに適した組版システムだ。ざっくり言うと数式が綺麗に書けるソフトと思ってもらえれば良い。

このTeXを使って、発表のための資料や論文なんかを書くわけだが、授業の板書をTeXで取ったり、TeXを入力しながら数式をこねくり回すなんてことはまずしない。それは数式を考えるということと、TeXの入力の身体性が一致しないからだ。やはり数学は紙とペンに限る。

僕はA4のコピー用紙を常備しておいて、そこに数式を書き殴ってあれこれ考えていた。ノートではダメだ。なぜだかよく分からないが、あれは整ったものを書き込んでいくものであるという感覚があった。書いては捨て、書いては捨てをかなりのペースで繰り返していたのでコピー用紙が一番しっくりきていた。ルーズリーフでも良かったかもしれないが、穴が邪魔だったし、何よりコピー用紙の方が安かった。だからどんどん書いては捨てていた。環境には申し訳ない。

一時期だけiPadを試してみたことがある。Apple Pencilはものすごい性能で、まるで紙に書くような書きごこちだった。しかし続かなかった。なぜだろう。無限に書き殴れるし、捨てる罪悪感もない。僕の使い方からすればiPadの方が適していそうであるのに。そこもやっぱり身体性の問題だろう。iPadがうまく身体化できていなかった。いや、それだけだろうか。紙とペンで思考することと、iPadとApple Pencilで思考することは全く違う気がする。どちらが良い悪いではない。そもそもの思考方法に何かしらの異なる制約が掛かる気がしている。うまく言葉にはできないけど、そんな気がしているということだけとりあえずここに書き残しておく。