これまで書いてきたことを振り返ってみると大きな反省点がある。それは「かかりすぎている」ということだ。「かかる」とはお笑い芸人がよく使っている言葉(芸人用語?)なのだが、気合が入りすぎて空回りしてしまっている状態のことを指す。まさにこれまで僕が書いてきたものはかかりすぎている。

何かを書く以上やっぱり大きなことを主張したいし、これまで誰も気づいていないようなことを発信したいし、どこかの誰かに響くような言葉を紡ぎたいと思っている。いや思ってしまう。それが前のめりになりすぎて、思ってもないようなことを大袈裟に書いている自覚はあるし、これが自分の言葉なのかと疑ってしまってもいる。自分の思考をただ垂れ流すという意味では良いのかもしれないが、それは本来の自分の思考ではないような気もしている。

無理やりオチを付けたり、誰かに向けて強烈なメッセージを込めたり、なぜかそういうことを書かなくてはと自分で勝手に制約を設けている。もっとシンプルにいうと面白くしようとしている。それは悪いことではないのかもしれないけど。気合いが入っているということの表れでもあるし。でも空回りしている。「かかる」という表現がしっくりくる。

そういう考えから脱却したい。もっとありのままで素直な文章を書いていこうと思う。だから今回は今思うことをただただ書き連ねているし、無理にオチを付けたり、変なメッセージを込めたりしない。でも「ありのまま」ってなんだろう。かかっている自分もありのままのような気もする。

かの有名な曲「Let it go」は「ありのまま」と訳される。似たような言葉でずっと昔に「Let it be」という曲もある。こちらは「あるがまま」と訳されていると記憶している。goとbe。そこに微かなニュアンスの違いがある。goは意思を感じる言葉(一般動詞)で、beは文字通り存在を表す言葉(be動詞)だ。僕は「Let it go」の意識で書いていたのかもしれない。もしかしたら僕がやりたいことは「Let it be」の言葉を垂れ流すことなのかもしれない。