大抵のことは既に誰かが考えている
何か物事を書く以上、誰も気づいていないような、新しい視点から見たような、そんなことを書きたいと思っている。と同時に大抵のことは既に誰かが考えているし、自分が思いつくことなんてたかが知れているとも思う。
大学生のとき、研究室に所属して初めて研究というものに携わった。研究というのは簡単に言ってしまえばまだ世の中で誰もやっていないことをやることである。当時の僕は本当にそんなことが可能なのかと疑問に思った。研究を続けていると無数とも思えるほど存在する論文に目眩がしそうになる。やっぱり誰もやったことないことなんてできそうにない。しかし、よくよく見てみると個々の論文はとても小さい問題を扱っていたりする。こういう問題のこういう条件のもとでこのアルゴリズムを使った際の計算方法のこの計算量を削減する手法を提案する、みたいな感じだ。もちろんいくつかの偉大な論文は、もっと大きな枠組で統一的な視点からあらゆる問題の本質的な問題を解いていたりする。そのようなことは学生時代の高々数年では無理そうだ。でもものすごく狭い領域であればなんとかいけそうな気がする。指導を受けるうちにそう思えるようになった。
結局そこで解いた問題は、大きな視点から見たらほんの一部分でしかない。そう思うと絶望的ではあるが、そう簡単に新しいことなんて発見できるはずがない。だけど、そのほんの一部分の発見が実は大事だったりすることもある。だからこそどんなに小さいことでも決して舐めてはいけないと思う。
ここで書いていることだってそうなのかもしれない。僕が考えていることなんて大抵誰かが既に考えているだろうし、どこかの本に書かれているだろうし、インターネットを隈無く探せば似たようなことが見つかるだろう。それでもちょっとした違いが実は大きな発見に繋がっているかもしれない。そんな希望くらいは持っていていいだろう。別に論文を書いているわけではないのだから、既に誰かが言っているであろうことを恥ずかしげもなく書いていこう。