過去の話と未来の話から辿り着いた20の話
今日は僕の親しい人Xとこんな話をした。X曰く「過去の話はどうでもいい。今どういうことを考え、どういうことを悩み、これからどんなことがしたいか、という話がしたい。」とのこと。もちろん過去の思い出話に一花咲かせること自体を否定するわけではないが、そればかりではつまらないということらしい。最初は生産性のある話をしたいということなのかと思っていたが、話を掘り進めるうちに思わぬところに辿り着いた。それは、まだ言葉になっていないようなモヤモヤとした話がしたいということだ。つまり、100%の自信を持って話せることではなく、20%ぐらいしか固まっていないようなドロドロした状態のことを話したいということ。我々はそれを「20の話」と名付けた。中間を端折ってしまうのでかなり飛躍が感じられてしまうかもしれないが、まぁそんなところに着地した。
20の話とは具体的にどういうことか。例えば、今職場でこういう悩みがあって、、だけど転職するのも違う気がして、、かといって具体的にどうすればいいのかも分からなくて、、といったような具合だ。それはある意味恥をさらけ出すということでもある。逆に100の話というのは、例えばエピソードトークのようなものだ。昔こういうことがあって、あれがあんなふうになっちゃって、めちゃくちゃ笑ったわーみたいな。いわゆるお笑いでいうところの「ネタ」に近いのかもしれない。もちろんそういう話自体を否定する気はないが、「すべらない話」の応酬ばかりの会話はとてもつまらない気がする。というか人と会話する以上、その人の心が見たいと思ってしまう。
男性は雑談が苦手なんて言われたりもする。それは過去の話=100の話=マウントの取り合いになってしまいがちだというのが一因かもしれない。雑談には目的なんてない。目的がないはずのものに、自然と競争性が入ってしまうことによって雑談が雑談でなくなってしまうのかもしれない。
我々はもっと20の話をしていくべきだと思う。もっと恥をさらして、20を30にも40にもするように試みて、時には100になったと思ったら、また20に戻ったり。かなり抽象的な話だし、数字もいい加減なので誰にも伝わらない気がするが。この日記に書いていること自体が20の話でもある。まだ言葉になりきっていないものをつらつらと書き連ねているのだから。