投資というものがよく分からない。と言いながらもNISAで運用していたりする。ただし細かくチェックしているわけではなく基本的には放置している。ふと思い立ったときにNISA口座を確認して、あぁ増えてるなぁと見るくらいだ。

いつの間にやら世間では投資が当たり前になっている(ように思う)。銀行口座に大金を預けているのは無駄、投資に回すべきだ、みたいな。確かにそれはそうなのだろう。NISAが現れてからまぁ非課税だしみたいな感じで始めた。多少のリスクは承知の上で。ある程度安定して増えているのでまぁよしとしているが、正直なところよく分からない。このよく分からなさをちゃんと見つめてみたい。

僕がよく分かっていないのは、一体何に対して僕が価値を与えたのかということだ。お金が増えているということは何かしらの価値を生み出したということだ。もちろん教科書的な意味での理屈は理解している。僕が積み立てたお金を投資の専門家たちが投資して、そこで得た利益を還元してもらっている。この社会はお金で回っている。事業を始めるにはお金が必要だ。事業者たちは投資でお金を得て新しい事業を始める。そこであらたな商品やサービスが生み出され、うまくいけば利益を得ることができる。それが回り回って投資家から自分たちのもとへ利益となって戻って来る。事業が失敗すればもちろんパーだ。だからリスクはある。しかし、うまく回れば新しい事業で世の中が便利にもなるし、投資した人にも利益が出る。Win-Winだ。うまくいけば。

確かに世の中は確実に便利になっている。ほとんど現金を持ち歩かなくなってもよくなったし、音楽もいつでも聴けるし、動画もどこでも見れる。でもふと思う。便利にはなったが、それって幸せなのか。ただ一度味わってしまってら、もう元には戻れない。人間の欲望というのは罪深い。

話が大きくなりすぎた。まぁとにかく投資というものが近視眼的にみれば良いものであるように思えるのだけど、自分で自分の首を締めているような違和感も感じなくはないということだ。どこかで誰かが気づいて、これまで価値を感じていたものが一気に価値を失うなんてこともありえるかもしれない。まるでバブル崩壊のように。そんなことが起ころうとすれば僕らは必死でNISA口座を守ろうとするだろう。生きている間だけでも逃げさせてくれ。それは自分のことしか考えていない邪悪な考えだ。僕らは平和を望んでいるはずなのに。そうなってしまったらおしまいだ。でも同時にもうこの道を突き進むしかないのかもしれないとも思う。嫌な世の中だ。こんな風に考えてしまうことはとても苦しい。それでもこんな気持ちは忘れずにいたほうが良いような気がしている。