【ラストエリクサー症候群】 ラストエリクサー症候群とは、ゲームにおいて希少な消費アイテムを温存したまま使わずにクリアしてしまうプレイスタイルを指す俗語。(ピクシブ百科事典より引用)

ゲームをやったことがある人なら思い当たる節があるだろう。語源となっているラストエリクサーとは、ファイナルファンタジー6で出てくる回復アイテムらしい。というのも僕はファイナルファンタジーシリーズを一度もやったことがない。だからラストエリクサーというのがどれほど貴重なものなのかピンと来ない。しかし他のゲームでも似たようなものは存在する。ポケモンでいえばマスターボールだ。僕は初代の緑をプレイしていたとき、それほど貴重なものだと知らず、戻ってきたトキワの森で初めて出会ったピカチュウに投げてしまった。いい思い出だ。

今回はこの言葉を敢えて反転させることを提案してみようと思う。それは「ラストエリクサー化」とでも呼ぼうか。反転させるとはつまりどういうことか。それは何でもないものに敢えてラストエリクサーのように希少性を持たせるということだ。

具体例を用いて説明しよう。僕は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』という映画が好きだ。言わずとしれた往年の名作である。子どもの頃に見てすごく興奮した記憶がある。テレビで放映していると思わず観てしまうし、もう何十回も観ている。何度観ても面白い。しかし一度観てしまったものは記憶から消せない。それ故初めて観たときの興奮はもう一生得られないのだ。まだ『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を観たことがない人がいたら羨ましい。これからあの興奮を味わえるのだから。今や映画なんて大抵のサブスクで大体のものは観れたりする。そういつでも観れるのだ。だから映画を観ること自体は希少でもなんでもない。しかし初めて観るという経験は一度しかできない。まさにラストエリクサーだ。いつでも観れるものである一方、一回のみ希少性がある。その希少性をいつ使うか。これが何でもないものをラストエリクサーのように扱う=ラストエリクサー化というわけだ。

僕は今ラストエリクサー化しているものが1つある。それは『チ。-地球の運動について』という漫画だ。いろんな人の話を聞く限り絶対に面白い。しかも内容的にも絶対自分が好きになるようなテーマだ。早く読みたい。読みたすぎる。だけど敢えてラストエリクサー化している。その一回をどこで使おうか機を伺っている。何度も言うが早く読みたい。だって絶対に面白いことは確定しているのだから。早く読みたすぎる。

そういえばラストエリクサー症候群とは結局最終的にラストエリクサーを使わないままクリアしてしまうことだった。ということは僕がラストエリクサー化しているものも結局読まないまま終わってしまうかもしれない。今のままだと絶対に読まずに人生が終わってしまいそうだ。それならやっぱり思い立ったときに読まなきゃ。それが一番だ。絶対その方が良い。しかし一度ラストエリクサー化してしまった僕の気持ちは固い。固くなってしまった。早く読みたい。読みたすぎる。でも読まない。