フヘン的なハナシ
今日はフヘン的な話をしようと思う。「フヘン」と音だけで聞くとどの漢字かよく分からない。パッと思い浮かぶのは「不変」「普遍」「不偏」の3つだ。「不変」は文字通り変わらないこと、「普遍」は全体に広く行き渡ること、「不偏」は偏りがないこと。それぞれ全く意味が違うのに、なんとなく近しい感じもある。だから音で聞いたとき、どの漢字のフヘンだ?という疑問が生まれつつ、どれでも当てはまりそうな気もしてくる。
例えば、「フヘン的な真理を見つけた」と言ったとき、どれも当てはまりそうな気がする。未来永劫ずっと変わらない真理を見つけたのかもしれないし、全世界のどこでも共通の真理を見つけたのかもしれないし、統計的にみて偏りのない真理を見つけたのかもしれない。まぁ3つ目に関しては主に統計学で聞く言葉なので、あまり一般的ではなさそうだ。ここでは一旦「不変」と「普遍」について絞ってしまおう。この2つは本来重なるとは限らない。それを理解するには反例を挙げるのが手っ取り早い。それが永遠に変わらないような真理であっても特定の地域でしか成り立たないようなものであれば不変ではあるが普遍ではない。また、全世界で成り立つ真理ではあるが今この時代における真理なのであれば、普遍ではあるが不変ではない。しかしよく考えると真理というものは場所も時代も関係なく成り立つものに対して使われるような気もする。だとすると真理自体が不変かつ普遍という意味を内包しているということになる。つまり「フヘン的な真理」という言葉自体、「頭痛が痛い」みたいな二重表現なのかもしれない。でもなんとなく「真理」にはフヘンという枕詞を付けたくなってしまう。それはただ単にカッコいいからだ。
実際、フヘンなんて言葉は日常会話にそうそう出てこない。だって未来永劫変わらないことも、全世界共通のことも自分ごときが発見できるはずもないのだから。だからこんなこと考えたって仕方がない。本当にどうでもいいほどフヘン的なハナシだ。