電車に傘を置き忘れて
今日は異常に電車が混んでいた。どうやら同じ沿線で車両故障があったらしい。戦略的に一本遅らせても良かったかもしれない。たまに一本見送るとびっくりするくらいガラガラなときもあるから。しかし実際に1つ後の車両の混み具合を確認できない。これが分かるシステムがあればいいのになぁ。なんてことを考えながらギュウギュウの車両に揺られ、目的の駅に辿り着くと押し流されるように外へ出た。荷物は無事だ。良かった。あれ、何か忘れている気がする。そういえば今日は雨が降っていた。傘を差して自宅から最寄りの駅まで歩いたはずだ。傘がない!そう電車に傘を忘れてしまったのだ。幸い駅からオフィスまでは外を歩かずに行くことができる。特に大事な傘でもない。むしろボロボロで、広げたときに一つ端っこのあの部分が取れている。何の問題もない。しかしあの傘をおそらく駅員さんが回収して、ゴミとして捨てるのだろう。申し訳ない。
ここで一つ思った。むしろボロボロの傘を捨てることができて良かったのではないか。もちろん故意に置いていったわけではない。本当に。だっていつもより混んでいたんだから。人混みに押しつぶされていつの間にか手を離してしまったのだろうと思う。故意に置いていくのはダメだ。さすがにそんなことはしない。それはいいとして、傘はいつの間にか家に溜まっていたりする。急に雨が降ってきてコンビニで傘を買って帰る。そんなことを繰り返しているとすぐ溜まる。捨てるのも面倒なので放置してしまう。そうだうっかり忘れてしまえばいいのではないだろうか。電車でもトイレでもお店でもよく傘が忘れられている。あれは実はうっかりではなく捨てていたのかもしれない。そんな世の中の真実に気づいてしまった。でもやっぱり故意に忘れるのは良くない。それはただの不法投棄だ。いや、だからうっかりすればいいのだ。故意にうっかりするんだ。いや、それだと結局故意になってしまう。やっぱり良くない。そもそも故意かどうかなんて結局のところ分かりようもない。そんなつもりじゃなかったんだと言われてしまえばそれを信じるほかない。そしてそれは多くの場合言い訳にしか聞こえない。やっぱりちゃんと忘れないようにしよう。
今日電車に傘を忘れてしまったことは本当に申し訳ないと思っている。でも心のどこかでボロボロの傘が捨てられてラッキーとも思ってしまっている。これは故意にあたるのだろうか。そもそも順序が逆でこの傘ボロボロだなぁと思って持ち歩いていたから忘れるような持ち方をしていたのかもしれない。何であれ傘を忘れたという事実は変わらない。それは単なる不法投棄だ。実際傘ぐらいほとんどの人が忘れたことがあるだろう。だから大目に見てもらえてるかもしれない。でも不法投棄には変わりない。しっかり反省しよう。ラッキーと思ってしまったことも含めて。