何か聞かれたときに、「でも」で始まるときがある。あの「でも」は一体何なのか、とても気になっている。何か名前でも付いているのかもしれないが調べ方が分からない。とりあえずここに書いてみる。とりあえず「でも返答」と名付けておこう。

ここでいう「でも返答」というのは、何事も否定で返すということを言ってるのではない。それは単なる明確な否定の「でも」だ。そうではなく、否定ではないはずなのに「でも」を付けてしまうあの感じ。伝わるだろうか。明確な否定の「でも」は例えば、「昨日の飲み会楽しかったねー」と言われたことに対して「でも料金高くなかった?」とか「でも店狭くなかった?」と返す感じだ。これは受けた質問に対して、明確に逆のことを言っているので何の疑問もない。単に嫌われがちなムーブなだけだ。そもそも明確に質問されているわけではない。今考えている「でも返答」とは、質問に対しての「でも」で始まる返答だ。よくよく考えてみると質問に対していきなり「でも」が来るのはおかしい。「今何時?」と聞かれて「でも10時」とは答えない。しかし「でも返答」はよく耳に気がする。どういう状況か。例えば「昨日の飲み会楽しかった?」という質問に対して、「でもすごく疲れたわー」みたいな感じだ。これは返答の仕方としてはかなりおかしい。しかしそれほど違和感を感じないのではないだろうか。おそらく「でも」の前の「うん」が省略されている。つまり本当は「昨日の飲み会楽しかった?」「うん。でも疲れたわー」である。

こういう「でも返答」をしている場面は意外に多い気がする。「麻雀できるの?」「でもほんの数回だし、点数計算とかできないよ。」とか、「東京出身なの?」「でも23区じゃないよ」みたいな。例を挙げてみるとなんとなく共通点が見えてくる。それは質問に対して何らかの期待が込められているということだ。そしてその期待に対して応えられない、応えたくないときに「でも返答」が起こる。そういう感じかもしれない。「麻雀できるの?」に対しては、できるなら今度一緒に打たない?といった期待が込められているのかもしれない。それに対して自分が満足に応答できないとき、その期待を先回りした結果「でも返答」をする。東京の例でいえば、東京のイメージは大体23区だろうから、本当は西の外れの方なんだけどなぁという先回りだ。会話としては1ステップをスキップしている。かなりハイコンテクストな会話だ。

この「でも返答」、一度気になってしまうといろいろなところで目に付いてしまう。正直何が「でも」なのかよくわからないときもある。それは受け手が何かしらの期待を想像したということだ。何気ない「でも」一つ取っても奥深い。そしてこの「でも」に正式な名前があるのであれば知りたい。