コンピュータを人間に喩えてみるとCPUは脳、メモリは短期記憶、ストレージは長期記憶といった感じだろうか。ここから人間の頭の良さについて考えてみたい。一般的に頭が良いというのはこれらの総合的な能力が高いことを指しているような気がする。もちろんCPUの性能が良ければ処理速度は速いし、メモリが大きければ一度にたくさんの処理を実行できる。そしてストレージが大きければ大量の物事を記憶することができる。これらの総合的な能力が高いPCほど優れたPCといえる。しかし実はこれらの能力がすべて高いスーパーコンピュータ的な人間はほとんどいないのではないだろうか。

自分のことを考えてみるとCPUはそこそこの性能があるような気がしているが、メモリはそれほど大きくない。メモリはよく作業机に喩えられる。つまり自分は小さい机でなんとか頑張って高速処理を行い、人並みっぽいことをしているような気がしているのだ。ストレージもそこそこ大きいかもしれない。人が忘れてしまっているようなどうでもいいことを覚えていたりする。一方でメモリが非常に大きいが、CPUの性能はそれほど良くないという人もいる。もちろん何をするかによるし、得意不得意はあるだろうが、一見すると違いは見えにくい。だからこそCPU、メモリ、ストレージのどれが優れているかという認識は仕事を選ぶ上で重要なのかもしれない。

今度は逆に人間をコンピュータに喩えてみる。単に逆にすればいいだけなので、脳はCPUとなる。短期記憶というのは海馬に保存されるようなのでメモリは海馬だ。そして長期記憶は大脳皮質らしいので、ストレージが大脳皮質だ。ディスプレイは目ということになるだろうか。そしてマウスやキーボードなどの入力デバイスは手足、声はスピーカー、マイクは耳だろうか。こうやって考えていくとふと疑問が浮かぶ。じゃあその人間というコンピュータを操作している主体とは?つまり今まさにPCにこの文書を打ち込んでいる自分がいるように、自分というPCの前に誰かが座っているということである。僕はそれは魂なのではないかと思っている。いきなりスピリチュアルになった。でも魂とはそういうものではないかと思っている。思ってしまったのだからしょうがない。似たような言葉に精神というものがある。魂と精神は違うのだろうか。PCの例でいうと精神はOSではないかと思っている。つまりPCに搭載されたソフトウェアだ。結局何が言いたいのか。ソフトウェアが壊れることはあってもそのPCの前に座っている人には何の影響もない。つまり魂は不可侵なのだ。精神は本体ではない。僕らは魂なのだ。だから精神で生きてはいけない。魂で生きていこう。