何かを指摘するとき相手そのものに対して言うのではなくその行動のみに対して言うべきである。例えば部下が大きなミスをしてしまったとする。そこで叱るのはそのミスについてのみであるべきだ。相手そのものを否定してはいけない。その人に対して「だからお前はダメなんだ」なんて言葉は言ってはいけない。それは単なる人格否定だ。人格と行動は切り離すべきなのである。

しかし僕はこんな風にも思う。それはその人の人格が起こした行動なのであるから、その行動を否定することはその人の人格を否定することとイコールなのではないか、ということだ。逆に叱られる側になって考えてみよう。僕がこうだと思ってその行動を起こす。そしてその行動は間違っていたので否定される。本来はその行動のみを見直せばいいということになるのだろうが、その行動を起こした自分自身が否定されている気持ちにならないだろうか。だから行動のみを指摘すべきだというのは結局人格否定そのものではないかなんて思っていた。

でもこれは間違いだ。昨日の日記のコンピュータの例で考えてみよう。ここでは人格=精神のようなものであると考える。要は心とかそんなもんだ。昨日の比喩でいうと精神はOSだ。そして行動=肉体とはハードウェアそのものの動作として現れる。そしてそのPCの眼の前に座って操作しているのが魂だ。魂はOSとハードウェアを操作している。つまり魂は精神と肉体に宿っているのだ。グラフ的に考えると、魂というノードから下矢印が二本伸びていて、それぞれ精神と肉体というノードに繋がっている。そして魂は不可侵だ。つまりいくら肉体が否定されても不可侵の魂にブロックされ精神にはダメージが及ばないのだ。しかし我々は魂を忘れがちだ。魂を忘れてしまうと肉体と精神が一体となりそれが自分そのものとなる。そうなると肉体のダメージと精神のダメージを分離できない。そう、だからこそ我々は魂に目を向けるべきなのだ。魂には誰も手を出せない。何度も言うが不可侵領域なのだから。

たぶん誰にも伝わっていないだろうと思っているし、自分でも何を言っているのかよく分からない。とにかく自分の思考の上位概念を想像する。そして人格と行動を切り離せ。それが体や心を守ってくれるのではないかと思っている。