思考で身体に打ち勝て
最近すこぶる調子が悪い。とにかく咳が止まらない。熱はないし動けないほどではない。だから余計に困る。病に伏せっていればあらゆる物事に対して諦めがつく。中途半端に動けるからあれもやらなければこれもやらなければと焦る。いっそのことひと思いにやってくれという気持ちだ。
こんな調子なので思考も弱まる。考えるにはやっぱり体力がいる。結局は人間は身体なのだ。いくら理屈を並べたところで身体には敵わない。ペンは剣よりも強くなかった。ペンを握るには体力が要る。もちろん剣を握るにも。結局は体力なのだ。身体が一番大事なのだ。
思考力が低下しすぎて何でもないことをつらつらと書いている。これが今の思考の結果なのだから仕方がない。どうにかして思考から体力を回復できないだろうか。荒療治のような。例えば風邪を引いたときに敢えて運動しまくって治すみたいな。とにかくこんなときだからこそ深く思考して体力を元に戻す。身体なんかに負けてはいけない。僕らは思考そのものなのだから。かのデカルトは「我思う、ゆえに我あり」と言った。私という身体が思考しているのではない。まず私の思考が先にある。思考があるからこそ私という身体が存在するのだ。これは言い換えると身体より思考の方が優位であるということではないだろうか。ならば思考を続けることで身体を凌駕できるはずだ。とにかく思考し続けよう。
不思議なことにこんなことを書いているうちに身体の辛さを少し忘れられたような気がしてくる。これは集中しているからかもしれない。集中力というのはすごい。集中している間は何もかもを忘れられる。集中できることを探そう。これで身体に打ち勝つことができる。
僕の苦手なものの一つに注射がある。どうやら血管が見えづらいらしく採血のときに何度も刺されて気を失ってしまったことがある。そこからトラウマになってしまったのだろう。とにかく注射が苦手だ。なぜ急にこんな話になったのか。そう、これは思考が身体に負けてしまっている証拠だ。いや身体に負けているというより思考が勝手に自滅しているといった方が良いかもしれない。本来は採血なんて大したことないはずだ。もうすぐ健康診断がある。また恐怖の採血がやってくる。僕は絶対に打ち勝ってみせる。そのためにはとにかく集中だ。思考を集中させまくる。注射なんて気にならないくらいに思考を巡らせまくってやる。