学びがありすぎる
NHKのテレビ番組をよく見ている。その中でも『NHKアカデミア』という番組は学びがありすぎる。これは一見褒めているようだがそうではない。学びがありすぎて良くない。NHKアカデミアは、偉大な研究者や様々なジャンルにおけるその道の第一人者のような人たちが一人でオンライン講義を行うような番組だ。もちろんその道のトップの人のお話を聞けるのだから有益でないわけがない。しかし僕はこうも思う。人は誰しも自分自身を精一杯極めているのだから、誰にだって等しく価値はあるはずだ。だから偉大な研究成果を残していなくても、その道のトップに上り詰めていなくても素晴らしい。しかしこんな番組があるせいで、ごく一部の結果を出した人たち、トップに上り詰めた人たちのみだけが素晴らしいと錯覚してしまうのではないか。そう危惧している。誤解を恐れずストレートに言ってしまうと、大谷翔平も藤井聡太も別にすごくない、ということだ。いや多くの誤解を生みそうだ。決して嫉妬とかそういうものではない。もちろん偉大なる結果を残していることは事実だし、それ自体はすごい。しかし人としての価値のようなものは皆等しく持っている。大谷翔平だって藤井聡太だってあなただって。そこに違いがないことは疑いようがない。それだけだ。それがその素晴らしさばかりが注目されるようになってしまうと、人としての価値すらも違うのではないかと錯覚してしまうのではないかということだ。
僕がよく見ているNHKの番組のもう一つに『ドキュメント72時間』というものがある。これは、ある場所に72時間張り付いて撮影を行い、そこに来る人々を撮るというだけの番組だ。そこに映る人たちはいわゆる普通の人たちだ。塾の帰りにふらっとそこに立ち寄った人、仕事の疲れを癒しに来た人、重い病気を抱えている人、本当に様々だ。そこには特別なストーリーを抱えているような人も映される。そういう人たちの姿を見て、あぁこんな辛い人生を送っている人もいるのかと思わされたりもする。しかし、本当になんでもない、ただただ日常を送る人の姿もそこにある。僕はこれが本当に貴重だと思う。そういう人たちの姿はなかなかメディアには出てこない。やはりメディアである以上特別な何かを求めてしまう。しかし多くの人は人それぞれの日常の中を生きている。そこを意識しないと自分の暮らしはなんて平凡で何もないんだと感じてしまう。本当はそんなことないのに。僕はドキュメント72時間に映る何でもない日々を生きる人たちの姿が好きだ。大谷翔平も藤井聡太もそういう人たちも等しく日々を生きているのだと感じさせてくれる。特別な何かを成し遂げなくても良い。むしろ日々生活を送っているだけで、特別な何かだ。
学びがあるものはもちろんそれはそれで良い。そこから何かを学んで何かに挑戦していくことは大事だ。しかし学びがあるものばかりを求めてはいけないと思う。それだと学びがないものが無価値に思えてしまうから。学びがないものをもっと増やしていってほしい。