子どもに育てられる
休日は大体一日中子どもと遊んで過ごす。そのため休日にその日の出来事を書くとほぼ子どもの話になってしまう。それはなんとなく避けたいのであまり書かないようにしたいのだが、他に何も書くこともないので一旦今日は例外としよう。
子どもを育てていると気付かされることがありすぎる。どちらかというと子どもに育てられているといってもいいかもしれない。そもそも自分なんて子どもに何かを教えられるほど大した人間ではない。子どもと一緒に成長していく。そういうものなのだろう。
さて、どんなことに気付かされるかというと、子どもは常に全力で生きているということだ。考えてみれば当たり前のことかもしれないが、大人になり日々ルーティーンを繰り返していると忘れがちである。子どもにとっては常に新しいことばかり。毎日が発見の連続なのだろう。変わらない日常を繰り返しているとそういうことを忘れてしまう。でも本当は周りに発見は満ちているはずだ。変わらないように見える日常も少しずつ変化している。変化しないものなどない。諸行無常。あらゆる物事に常なるものなどないのだ。そういうものを見つけて喜べる純粋さが単純に羨ましい。
そして日々こなしている当たり前の行動が子どもにとっては大きな喜びになる。例えばゴミを捨てることだって喜んでやる。洗濯カゴを洗面所に持っていく作業も全力で取り組んで、誇らしげにしている。その笑顔に心が洗われる。僕だってかつては子どもで、そういうことが少しずつできるようになって、毎日喜びを感じていたはずだ。いつからか新しいことに挑戦しなくなり、日々をこなすようになってしまった。いつまでも子どもの気持ちでいるというのはそういうことなのかもしれない。しかし日々の現実を生きていかなければいけない。でもそんな中でも純粋に新しい喜びを得ることは可能だろう。そんな気持ちを思い起こさせてくれる。当たり前だと思っていたことが当たり前でないと改めて気付かされる。日々そんなことばかりである。